全てが不器用すぎて。
久しぶりに再会した同僚は、
顔も名前も、声も変えて私の目の前で微笑んだ。
「君も出世したもんだね。アンジェロ・ザウパー大尉」
アンジェロが出してくれた甘い紅茶をすすりながら、冗談混じりに笑った。
彼は紫色の柔らかい髪を揺らしながら自分の紅茶を注いで、立ったままそれに口つけた。その一連の動作の優雅さと来たら。整った顔も相まって、つい目で追ってしまうくらいだ。
「ずいぶん大きくなったよねえ。昔は私と同じくらいの背丈だったのに」
彼と最後に会ったのは恐らく2年ほど前。そのときの彼は、私と同じか少し低いくらいの背丈で、浮浪者を思わせる風貌、なんて目をするんだろうって脳裏に焼き付いていたことを、今でも覚えている。
人とは短い時間でここまで変わるものなのだろうか。今は頭ひとつぶん彼の方が高く、まるで絵本から飛び出してきた王子様みたいだ。
「私も度々名前を聞くぞ、羽根つきのガンダム『青い揺光』。私と違って外面は全く変わりないようだが」
「まあアタシの実力ならそれくらいはね〜」
軽い冗談だったのに、アンジェロは険しい顔つきで私を睨んできたので、私は黙ってまた紅茶を飲んだ。こういう冗談の通じないところは相変わらずなのね。
どっちも、なにも喋らないので、しばらく沈黙が続いた。彼は私を見ることなくただ紅茶を少しずつ啜っている。なんとなく、美形の沈黙は怖い。もともときつめの顔してるアンジェロならなおさらだ。
「フル・フロンタル大佐か……」
私は小さく呟いた。
「ま、ニュー研出身だし、色々あるだろうと覚悟はしてたけどね」
彼は私と一緒に強化手術を受けていた。歳や経歴も全く違ったけど、おんなじもの同士、少しだけ気があった。
他にいた同僚も、実験中に死んだり、戦場で亡くなったり、発狂したあと姿が見えなくなったりと色んな人たちを見たけど、まさか死人の代わりをやってるとは。さすがにショックというか、なんというか。
「それで、どうして大尉はそんなに不機嫌なのかしら」
アンジェロが、ぎろりと私を睨み付けた。理由を言うつもりはないらしい。
まあ、アンジェロが口に出さなくても、大体はわかるけどね。
元同僚に挨拶をしに行ったとき、偶然出会った、こんな軍事施設には似つかわしくない、いかにも普通の学生らしき少年がちらついた。
「あのナントカっていうガンダムパイロットのこと?」
アンジェロからの返事はなかった。
変わりに、アンジェロが私の前にひざまずいて、頭を私の肩にとんと乗せた。
「大変だね、アンジェロ」
「……」
アンジェロは、言葉を発することなく、ただ、黙って私の肩に頭を預けている。
不器用な人。私くらいしか甘える人がいないなんて。あの人が自分から離れていくのがそんなに不安ならそう言えばいいのに。
「参加するのは、今回の戦いだけか」
「上が決めているのはね」
「また、こちらに戻るつもりはないのか」
「ジオンに忠誠を誓ってるわけじゃないもん。アンジェロだってそうでしょう?」
彼の頭を撫でてやると、アンジェロは私の肩に、頭を小さく擦り付けた。もっと撫でると、もっとして欲しい、離れないで欲しいとでもいうかのように、きゅうと私の両腕を掴む。
ああ本当に、この人はなんて不器用なんだろう。いつか不器用すぎて死んじゃうかもしれない。
「……私は」
アンジェロが、ゆっくり顔を上げた。彼の整った顔が、紫色の瞳が、間近に現れる。
その表情に、険しさはあったものの、先程の苛立ちは見られなかった。
「私は、君にも少し……救われた。だから、君には死んでほしくない」
「ありがとう」
私は、またアンジェロの頭を撫でた。
「でもね、私はここで死ぬよ」
窓から見える景色を見つめた。赤くもない、爆音もなにもない、静かで平和で、とても綺麗な外を。
そう、ここに来てから、覚悟はしていた。私はもう、戦争から逃げられない。ううん、戦争無しじゃ生きていけない体になってしまったんだから。
「スイ・レアは戦場で生まれて、戦場で死ぬの」
しんと、また沈黙が訪れた。
さっきとは違う重みを感じる、沈黙。
湿っぽいのは嫌いなのに、どうしてこんな雰囲気になっちゃうかなあ。
「せっかく久しぶり会ったんだから、もっと楽しいことしよっか。デートしようよ、素敵なお店に案内してくれないかな」
そう言うと、アンジェロは優しく……始めて笑った。
「大佐の許可を貰ってこよう」
彼が至極真面目に言うものだから、なんだかとてもおかしくなって、私は吹き出してしまった。